3月の震災で宮城で被災した私の母。
とても気丈な人だけれど。。。
ストレスも恐怖も・・・
それはそれは計り知れないものだったに違いない。
母は本当に忍耐強くて、普段からちょっとの事では
ピーピーキャーキャー騒がない人。
私の祖父母から、どうやらそのように
育てられたようである。
何週間も、電気、水、ガスがなく、連絡手段すらなかった。
人は窮地に立たされた時、本性が出る。
震災後何週間か経ち・・・ようやくどこかの避難所で
携帯を充電できたその夜に母から入ったメール。
停電で真っ暗な夜を、たった一人で幾晩も過ごす事を
心配した娘へ・・・精一杯、心配させまいと
『たまには真っ暗な夜も佳いものです。おかげで月がとても綺麗よ。』
目頭が熱くなった。
命が助かった以上、それ以上の事を望むのは
あの時点では、とても贅沢な事である、という事を
現場の惨劇を知っていた母は感じていたのかもしれない。
自分が窮地に立たされた時に人へどう施せるか???
私には素晴らしい友人達が居る。
友人達に本当に感謝している。一生忘れない!!
震災直後、ガソリンがないので車が使えず・・・
そんな中、何キロも自転車を延々こぎ、
一人で暮らす母の様子を見に行ってくれた友人が何人か居る。
皆、私の自慢の友人だ!!
次、いつ手に入るか分からない貴重な手持ちの食料を
わざわざ母へ持って来てくれたりしたそうだ。
イエス・キリストだと思った。
炊き出しの手伝いで留守にしていた母へ、
比較的並ばずに給水できる場所をメモに残してくれて行った友人。
同じ地域で被災したのだから、皆だって厳しい条件は一緒なはずなのに・・・。
他者へそのように施しが出来るって、本当に素晴らしい。
私は友人達の、最高に崇高な魂とその心に触れて
胸が熱くなり涙が溢れ出た。
そんなこんなで、この3ヶ月緊張の連続で日々を過ごした母に
少し東京へ来てもらった。
『あの時、実はそんな事が起こってたの?』
という話を沢山聞く・・・。
某ホテルで母とお茶をしながら、色んな事を語り合った。
どうやらコーヒーが口に合わなかったらしく(笑)
お茶にはうるさい母。
あーでもない、こーでもない、と、忌憚ない意見で
話し合えるのもまた母娘の良い所です。










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